今回ご紹介する小説は,『そして誰もいなくなった』(著:アガサ・クリスティ)。作品名と著者名は誰もが一度は聞いたことはあるのではないでしょうか? しかし,ミステリー小説ということだけで実際に読んだことはありますか?
この記事では,作品の概要や考察を含めご紹介していきます!
① 作品の概要
世界で最も読まれたミステリー作家、アガサ・クリスティが1939年に発表した傑作『そして誰もいなくなった(原題:And Then There Were None)』は、単なる推理小説ではありません。それは「罪と罰」「良心と狂気」「秩序と崩壊」が絡み合った、究極の心理サスペンスです。
本作は発行部数1億部超という驚異的な記録を持ち、ミステリー小説史上最も売れた作品とも言われています。読後にあなたが感じるのは、驚きではありません。震えるほどの納得と、底知れぬ虚無です。
② あらすじ(ネタバレなし)
ある日、見ず知らずの人物からの招待状に導かれて、10人の男女が孤島にある豪邸に集められます。それぞれ社会的には成功者であり、過去に大きな罪など無さそうに見える者たち。しかし、晩餐の席で突然流れる録音テープが、彼らの平穏を一瞬で打ち砕きます。
「あなた方は過去に人を殺しました。そしてその罪は、法では裁けなかった…」
次第に一人、また一人と命を落としていく中、彼らは気づきます。
この島には殺人者がいる――それも、自分たちの中に。
③ 登場人物
それぞれが異なる経歴を持ち、異なる動機で島に招かれた10人。だが共通しているのは、「過去にある“死”に関与した」という事実。
- ヴェラ・クレイソーン:元家庭教師。海での悲劇の記憶に囚われている。
- フィリップ・ロンバード:傭兵崩れの男。冷静沈着だが、倫理観に欠ける。
- ウィリアム・ブロア:元刑事。過去の告発で無実の男を死に追いやった。
- エミリー・ブレント:厳格な老婦人。道徳観が異常なほどに強い。
- エドワード・アームストロング:医師。酔った状態での手術で死者を出した。
- ローレンス・ウォーグレイヴ:判事。法に忠実だが、その正義感は…?
- ジョン・マッカーサー将軍:軍人。戦争中に部下を見殺しにした疑惑。
- トーマス&アイリーン・ロジャース夫妻:屋敷の管理人。雇い主の死に関与?
- アンソニー・マーストン:無邪気に見える青年。過去の事故死に無関心。
彼らの誰が犯人なのか?それとも、犯人は“存在しない”のか?
④ 作品の魅力
■ 犯人がわからないという恐怖
この作品の最大の特徴は、「最後の最後まで犯人が誰かわからない」ということ。読者は疑心暗鬼に陥ります。誰を信じればいいのか。次に殺されるのは誰か。そして、自分が島にいたらどうしただろうか?と、知らず知らずのうちに物語の中へ引きずり込まれていくのです。
■ 孤島という極限状態の臨場感
外部との連絡手段は断たれ、脱出不可能な孤島。警察も来ない、助けもない。まるで登場人物と共に、あなたも“閉じ込められている”かのような感覚になります。ミステリーというより、もはやサバイバル・ホラーとも言える心理圧迫が、ページをめくる手を止めさせません。
⑤ 誰が登場人物を殺したのか?(※ネタバレ注意)
※以下、物語の核心に触れる重大なネタバレを含みます。
犯人は、判事のウォーグレイヴでした。彼は「法では裁けなかった罪人を、完全な形で裁く」という“歪んだ正義感”からこの計画を実行します。あらかじめ自分の死を偽装し、最後まで真犯人だと誰にも悟られないまま全員を殺し、自らも命を絶ちます。
彼の計画は恐ろしく緻密で、**「完璧な犯罪」**として成立しているのです。実際、警察がどれほど調べても、真相にはたどり着けませんでした――ただし、彼が遺した“告白の手紙”を除いては。
⑥ 「10人の兵隊」の歌の考察
物語の核心にあるのが、「10人の小さな兵隊(インディアン)」の童謡です。これは子ども向けの歌として存在していましたが、その内容はどこか不穏で、歌詞に沿って兵隊が一人ずつ死んでいきます。
♪ 一人が喉を詰まらせ 九人残った~
♪ 一人が眠っていて 起きなかった~
この歌詞が物語の進行そのものであり、犯行手口にまで対応している点が恐ろしく、同時に見事です。犯人は、まるでこの童謡に導かれるように、人々を死へと誘っていきます。
童謡とは、純粋な存在のためのものであるはず――それが**「死の予告」**となるという皮肉は、読者に深い不気味さと余韻を残します。
⑦ まとめ
『そして誰もいなくなった』は、単なる推理小説の枠を超えた、人間の心理と倫理、そして孤独と正義を描いた名作です。
読む者は最後にこう問いかけられます。
「正義とは何か?
罪を裁く権利は、誰にあるのか?」
この小説が今なお世界中で読み継がれているのは、その問いが普遍的であり、そして誰の心にも突き刺さるからです。
読み終えたとき、あなたは思うでしょう――
**「本当に、誰もいなくなった」**のだと。