人は常に大なり小なり欲求をもち,それを満たそうとする貪欲な生き物だ。
「大金を払って高級な寿司を食べたい」「自分の家が欲しい」「歌舞伎町でNo1の女性を指名したい」「クラスのマドンナと恋仲になりたい」
誰しもがそんな欲望をもっているが,叶えたところで欲求が満たされることはない。ある欲求が果たされると,次はより大きな欲をもってしまう。百万円を貯蓄することができたら次は一千万円,一億円とどんどん要求が高くなる。まるで栓を抜かれた浴槽のように,湯をどれだけ注いでも絶対に満杯になることはないのだ。
何故なら,欲求を満たすこと,自分の現状に満足し幸福感を得ることが人生の目的であり,目的なしには人間は生きていくことができないからだ。ただ,大抵の願いはお金があれば達成できる。高級な寿司も,家も,キャバ嬢も,大金さえもっていれば手に入る。お札というただの紙切れが,あたかも大きな力をもっているかのように振る舞い,人々を生かしたり助けたり,惑わしたり,時には狂わせ殺したりもする。欲求とはお金があれば満たすことができる。お金を強く求める姿はきっと醜く映ることもあるのだろう。
それがどうした?
醜くていいじゃないか。欲求を満たすことで喜んだり幸せを感じたりできる。欲求が満たせなければ苦しかったり悩んだりする。
欲望のために喜怒哀楽できる生物こそ,この地球上で人間だけなのだ。
その欲望が生きる原動力であり,活力であり,人間を人間たらしめているのではないか。欲望があるから人は傷つき,苦しみ,生を実感できる。
欲をもつことを恥じてはならない。その欲を満たすために道を踏み外さなければ良いだけなのだ。
欲望を止めたら,人生まで停滞する。
さあ,これからも欲望を解放しよう! 倫理に反しない程度にね。