【自己啓発】どうして人はアウトプットし続けるのか?【エッセイ】

エッセイ

 アウトプットとは,何かを学んだり定着させるためにはとても重要な要素だ。

 自分のもっている知恵や知識を人に伝えることで,その事柄についての理解を深めることができる。技術面においてもそうだ。サッカーのフリーキックの精度を高めるために軸足の置き方を考えたり,足にボールを当てる面を工夫したりなど,試行錯誤の末に実践することもアウトプットだ。

 このエッセイに関しても同じことが言える。これまでの人生経験から感じたことや得られたことを文章化することで,自分はどんな思想をもっているのか,そもそもどんな人間なのかを再認識する良いきっかけとなっている。

 しかし,これをわざわざインターネットに掲載する必要はあるのだろうか?自分の手元に手記として書き記すだけでも良いのに。そもそも今現在,どれだけの人が私の文を読んでいただいているかなど,記事詳細を見ればすぐにわかる。閲覧数を確認するたびに,「こんなものだよな」と現実を受け止める。

 誰に見られずとも文字を書き続ける,それでいい。

 人は大なり小なり承認欲求をもっている。誰かに認められたい,多くの人に見てもらいたい,その欲望こそあらゆる物事の動機につながっている。

 たとえ閲覧者がごく少数であっても,0ではない。私のエッセイ(思考)がこのインターネットに漂流していても,いつか誰かの元に辿り着く。人や物の存在とは,自分ではない他人が認識することで存在が証明される。それが今は自分一人だけでも,いつかはこれらの文の存在が認められることを信じて,私は思考をアウトプットし続ける。

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