今回ご紹介する本は,講談社から刊行された夕木春央さん作『方舟』です。
2023年に本屋大賞7位に選ばれ,今でも話題になっているミステリーです!多くの読書ブロガーに紹介されていますが,ネタバレなしで簡単にお伝えしてきますのでご安心を!
① あらすじ
大学時代の登山サークル仲間である越野柊一ら7人は,長野県の山奥にある地下建築「方舟」を訪れます。現地で偶然出会った矢崎一家(夫婦と高校生の息子)とともに,10人で一夜を過ごすことに。しかし翌朝,地震により出入口が岩で塞がれ,地下建築は水没の危機に瀕してしまいます。脱出するには,地下2階の巻上げ機を操作して岩を落下させる必要があるのですが,その操作を行った者は脱出できず,水没する運命に。さらに,閉じ込められた状況下で殺人事件が発生。犯人を見つけ出し,その者を犠牲にすることで脱出を図ることになります。タイムリミットは約1週間。極限状態の中で,犯人探しと生存をかけた心理戦が繰り広げられることに!
犯人は果たして誰なのか? そして登場人物たちを待ち受ける衝撃のラストとは??
② 登場人物
- 越野柊一(こしの しゅういち):主人公。システムエンジニア。冷静な性格で、状況分析に長けている。
- 篠田翔太郎(しのだ しょうたろう):柊一の従兄。職業不詳だが,鋭い洞察力を持ち,探偵役を務める。
- 西村裕哉(にしむら ゆうや):アパレル勤務。今回の集まりの発起人で,地下建築の存在を仲間に知らせた。
- 絲山隆平(いとやま りゅうへい):ジムのインストラクター。麻衣の夫。
- 絲山麻衣(いとやま まい):幼稚園教諭。隆平の妻。
- 高津花(たかつ はな):事務職。サークル仲間の一人。
- 野内さやか(のうち さやか):ヨガ教室の受付。サークル仲間の一人。
- 矢崎幸太郎(やざき こうたろう):電気工事士。偶然出会った三人家族の父。
- 矢崎弘子(やざき ひろこ):幸太郎の妻。
- 矢崎隼斗(やざき はやと):高校1年生。矢崎夫妻の息子。
③ この物語の魅力
『方舟』の最大の魅力は,極限状況下での人間心理の緻密な描写にあります。閉鎖された空間で死と隣り合わせの状況に置かれた登場人物たちが,恐怖,疑念,自己保身,他者への信頼といった複雑な感情に揺れ動く様子がリアルに描かれています。閉じ込めらながら溺死する恐怖から逃れたい,殺人犯を早く見つけてみんなが助かる犠牲を用意したい。などなど。
誰か一人を犠牲にしなければ全員が助からないという状況設定は,読者に「自分ならどうするか」という問いを突きつけ,深い没入感を生み出します。
登場人物たちの考えは残酷ではないのか。そんなことしなくても他に助かる方法があるのではないか。読者はそのように考えるでしょうけど,地下建築に閉じ込められるというこの状況がまさに異常なのです。異常事態において思考や常識に正常を求めることのほうが酷に感じませんか?
④ 物語における「方舟」とは
タイトルの『方舟』は,通常「救いの船」を意味しますが,本作ではその意味が逆転しています。物語の舞台となる地下建築「方舟」は,外界から隔絶され,次第に水没していく閉鎖空間であり,登場人物たちにとっては「死をもたらす棺」と化します。この象徴的な設定は,救いを求める人間の願望と,現実の過酷さとの対比を際立たせ,物語に深い象徴性を与えています。
作者の残酷な設定が際立っていますね!
⑤ まとめ
夕木春央さんの『方舟』は,閉鎖空間でのサバイバルと心理戦を描いた本格ミステリーです。緻密なプロットと人間心理の深い洞察により、読者を物語の世界に引き込みます。「方舟」というタイトルに込められた逆説的な意味も含め,読み応えのある作品です。極限状況下での人間の本性に興味がある方や、心理描写に富んだミステリーを求める方におすすめの一冊です。