ほんとうのことを書くとは?――『ほんとうのことを書く練習』を読んで
「ほんとうのことを書いてください」
こう問われたとき、あなたは何を書くでしょうか。そもそも本当のこととは、何について問われているのでしょうか。今日あった出来事? それとも自分の経歴や考え方? 本当のこととは、自身の中にある正直や気持ち、自分にとっての真実です。
だからこそ、「事実を書くこと」と「本当のことを書くこと」はイコールになりません。
たとえば、誰かに「元気ですか?」と聞かれて「元気です」と答えたとしても、本当は不安や悩みを抱えているかもしれません。SNSに楽しそうな写真を投稿していても、心のどこかでは寂しさや迷いを感じていることもあります。
私たちは日常の中で、自分でも気づかないうちに本音を隠したり、周囲に合わせたりしながら生きています。そして文章を書くときも、「こう書いた方が良いだろう」「こう思われたい」という意識が先に立ち、自分の本当の気持ちを見失ってしまうことがあります。
そんな私たちに、「ほんとうのことを書く」とはどういうことなのを教えてくれる一冊をご紹介します。
ダイヤモンド社出版、土門蘭さんの『ほんとうのことを書く練習』です。

この本は、文章を上手に書くためのテクニックを学ぶ本ではありません。また、多くの人に読まれる文章を書くためのノウハウ本でもありません。これは、自分自身の心と向き合い、自分だけの言葉で感じたことや考えたことを表現するための一冊です。
今回は『ほんとうのことを書く練習』の内容を紹介しながら、「ほんとうのことを書く」とは何か、そしてなぜ今の時代にそれが重要なのかについて考えていきたいと思います。
著者、土門蘭とはどのような人物なのか
『ほんとうのことを書く練習』の著者である土門蘭(どもんらん)さんは、作家・エッセイスト・インタビュアーとして活動する文筆家です。1985年に広島県で生まれ、現在は京都を拠点に執筆活動を行っています。同志社大学文学部を卒業後、小説や短歌、エッセイなどの文芸作品の創作だけでなく、インタビュー記事やブックライティングなど幅広い分野で活躍しています。これまでにインタビューした人数は1500人を超えると言われており、多くの人の人生や感情に耳を傾け続けてきました。
土門さんの文章の特徴は、派手な表現や刺激的な言葉で読者を惹きつけるのではなく、人の内面を丁寧に見つめることにあります。インタビューを通して培われた「相手の本音を引き出す力」は、自身の作品にも色濃く反映されており、『ほんとうのことを書く練習』にもその姿勢が貫かれています。
代表作として知られているのが、カウンセリングを受けながら自分自身と向き合った日々を綴ったエッセイ集『死ぬまで生きる日記』です。この作品は多くの読者の共感を呼び、第1回「生きる本大賞」を受賞しました。土門さんの名前が広く知られるきっかけとなった作品でもあります。
そのほかにも、
- 『経営者の孤独。』
- 『100年後あなたもわたしもいない日に』(寺田マユミ氏との共著)
- 『そもそも交換日記』(桜林直子氏との共著)
- 『戦争と五人の女』
など、多彩なジャンルの作品を執筆しています。特に『経営者の孤独。』では、さまざまな経営者へのインタビューを通して、成功者たちが抱える悩みや葛藤を描き出し、大きな反響を呼びました。下記に商品リンクもあるので、よければ覗いてみてください。

作家として様々な著書を出版するだけでなく、インタビュアーとして様々な方との交流があるからこそ、相手の気持ちの汲み取り方や感情の読み取り方などを熟知しているのですね!
なぜ「ほんとうのこと」を書くのか|書くことは自分自身に問いかけること

社会人になれば、自分のことを書く機会というのが少ないように思います。それはペンを握って書くことの他に、電子メールで文を打つことも減少していることでしょう。AI技術が発達し、メールの返信文や議事録なども全てAIが行ってくれる。自分が主体となって文字を起こすことはなくなりつつあるでしょう。ただ、そのような社会が間違っているとは思えません。仕事を効率化すれば人間の負担が減り、自分の自由時間を作ることができる。我々にとっていいことづくしです(今後は、文字を打つことも「書く」という意味に含めてお話しします)。
すると、こんな疑問が湧き起こります。
「そもそも、ほんとうのことを書く必要はあるのだろうか?」
小説家やライターであれば文章を書くことが仕事です。しかし、多くの人は日常的に文章を書かなくても生きていけます。誰かに読ませる予定もないのであれば、わざわざ自分の本音を文章にする必要はないようにも思えます。
実際、私たちは日々の生活の中で、自分の気持ちを深く掘り下げることなく過ごしています。仕事へ行き、人と会話し、動画を見たりSNSを眺めたりしているうちに一日が終わっていきます。それでも生活に困ることはありません。しかし、本書を読んで気づかされるのは、「書く」という行為の目的は、誰かに読んでもらうためだけではないということです。
土門蘭さんは、ほんとうのことを書くことによって、自分自身と向き合うことができると語っています。
たとえば、何となくモヤモヤしていることがあったとしても、その正体を言葉にできなければ、自分自身でも何に悩んでいるのかわかりません。なぜ腹が立ったのか。なぜ悲しかったのか。なぜあの言葉が忘れられないのか。なぜ本当はやりたくないことを続けているのか。胸中の思いを具体的に言語化することで、自分の考えを明確に理解することができます。考えが理解できれば、悩みに対するアプローチの仕方がわかったり、これから何をしていけば良いのかが分かったりします。
人は、実体の掴めない不明に不安や恐怖を覚えます。その実体がわかれば、原因が輪郭をもち答えの見出し方も知ることができます。頭の中で考えているだけではわからなった真実が、文字を書くことで見えてくるのです。
つまり、「書く」とは単なる記録ではありません。自分自身に対して問いかける行為なのです。
誰かに書いたことを見せる必要はない
本書では、文章の上手さは重要ではないと繰り返し語られます。むしろ大切なのは、きれいにまとめようとせず、自分の心の動きを正直に見つめることです。そして、その文章を誰かに見せる必要はないということです。
学校の作文のように評価されるわけでもありません。SNSに投稿して「いいね」を集める必要もありません。誰にも読まれなくても構わないのです。なぜなら、本当に重要なのは他人に伝えることではなく、自分自身が自分を理解することだからです。
『ほんとうのことを書く練習』は文章術の本であると同時に、自分自身を見つめ直すための本でもあります。書くことは、誰かのためではなく、自分のために行うことができる。そして、ほんとうのことを書くことは、自分という存在を少しずつ理解していくための旅なのです。

ただのツールとして「書く」のではなく、自分自身を見つめ直す時間として「書く」時間を作っても良いのかもしれませんね。
『ほんとうのことを書く練習』が教える書き方|まずは事実を書くことから始める

では、「ほんとうのことを書く」とは具体的にどうすればよいのでしょうか。
本書の中で土門蘭さんは、特別な才能や文章力が必要だとは語っていません。むしろ大切なのは、自分の気持ちを上手に表現しようとすることではなく、包み隠さずありのままの気持ちを書くことです。
私たちは文章を書くとき、つい自分をよく見せようとしてしまいます。「もっと気の利いた表現を使った方がいいのではないか」「読んだ人にすごいと思われたい」
そうした気持ちが入り込むと、文章は少しずつ本音から離れていきます。そもそも、人に見せることが目的ではないので、他人の評価など気にすることはないのです。
今日何があったのか。そのとき自分は何を感じたのか。どんな言葉をかけられたのか。どんな景色を見たのか。
全て事実に基づいた気持ちを書けば良いのです。最初から感動的な文章を書こうとする必要はありません。むしろ余計な装飾を取り払い、自分が実際に体験したことをそのまま書いてみることが大切なのです。
書くことで見えてくる自分の真実

事実を書き続けていると、自分では気づいていなかった感情が浮かび上がってきます。事実を追いかけているうちに、自分の本音が少しずつ姿を現してきます。
これは一般的な文章術とは正反対の考え方かもしれません。多くの文章術の本は、読者を惹きつけるテクニックや表現方法を教えてくれます。しかし本書は、その前にまず自分自身と向き合うことを求めています。
その中で印象的だったのが、「自意識」と「自我」の違いです。
自意識とは、「他人からどう見られるか」を気にする意識です。常に他人という存在があり、人の目を気にしてしまうと文章が装飾的で冗長になったり、ありふれた言葉で表現したりしてしまいます。本音とはかけ離れた文章の完成です。
一方で自我とは、「自分は何を感じているのか」「何を大切にしたいのか」という、自分自身の内側に向かう意識です。多少文章が拙くなっても、その人にしか書けない温度や重みがあります。自意識の強い文章より幾分も価値があります。
『ほんとうのことを書く練習』が教えてくれるのは、文章を上手に飾る方法ではありません。余計なものを削ぎ落とし、自分の感情や体験に正直になること。
そして他人の目を意識した「自意識の文章」ではなく、自分自身と向き合った「自我の文章」を書くことです。だからこそ本書は文章術の本であると同時に、自分自身を見つめ直すための本でもあるのです。

「書く行為」とは時間がかかります。その時間を他の娯楽に使うことの方が有意義に感じてしまうでしょう。しかし、「書くこと」の必要性が下がってきた現代だからこそ、自分を見つめ直し、スマホなどから得られるドーパミンから解放され、精神的な平穏を取り戻すことが必要なのではないでしょうか。
『ほんとうのことを書く練習』を読んで感じたこと|本音を言葉にする難しさ

この本を読んで改めて感じたのは、「ほんとうのことを書く」という行為は、思っている以上に難しいということです。
私は普段から本の紹介記事を書いています。本を読んで感じたことや学んだことを文章にしているので、自分ではある程度「自分の言葉」で書いているつもりでした。しかし、本書を読み進めるうちに、ぎくっとしたことが多くありました。
私たちは文章を書くとき、知らず知らずのうちに「こう書くべきだ」という考えに縛られています。
本の紹介記事であれば、「わかりやすくまとめなければならない」「読者の役に立つ内容にしなければならない」「うまく感想を書かなければならない」といった意識が働きます。
もちろん、それ自体は悪いことではありません。読者が惹きつけられるような文体、わかりやすい内容の方がビューアー数もきっと伸びるで尚。しかし、そればかりを意識していると、かっこいい文体なぞにこだわって、芯から自分の感想や思いを伝えられていないのではないかと感じました。
ほんとうのことを書くためには、自分自身の感情を丁寧に見つめる必要があるということでした。
考えてみれば、私たちは他人のことを理解しようとする時間はあっても、自分自身のことを理解しようとする時間は意外と少ないのかもしれません。SNSを開けば他人の意見が流れ込み、ニュースを見れば専門家の意見が飛び交います。気づけば、自分の考えよりも他人の考えに囲まれて生きています。
だからこそ、自分自身に問いを投げかける時間が必要なのだと思います。
ほんとうのことを書くことは簡単ではありません。時には見たくない感情と向き合うこともありますし、自分の弱さや未熟さを認めなければならないこともあります。
それでも、自分の本音を言葉にすることでしか見えてこないものがあります。
まとめ|ほんとうのことを書くことは、自分自身を知ること
『ほんとうのことを書く練習』は、文章を上手に書くためのテクニック本ではありません。
もちろん、本書には文章を書くための具体的な方法や考え方も紹介されています。しかし、この本が本当に伝えようとしているのは、「どう書くか」ではなく「なぜ書くのか」という問いです。
私たちは日々、多くの言葉に囲まれて生きています。
SNSを開けば誰かの意見が流れてきます。ニュースを見れば専門家の言葉が並び、本を読めば著者の考えに触れることができます。便利な時代になった一方で、自分自身の言葉に耳を傾ける時間は少なくなっているのかもしれません。
そんな現代だからこそ、本書が語る「ほんとうのことを書く」という行為には大きな意味があります。
ほんとうのことを書くためには、自分の感情や考えと向き合わなければなりません。
こうした問いを繰り返すことで、少しずつ自分自身の輪郭が見えてきます。文章を書くことによって、自分でも気づいていなかった感情や価値観が浮かび上がってくることがあります。そして、その積み重ねが「自分はどんな人間なのか」を知ることにつながっていくのです。
誰かに読ませる必要はありません。上手に書く必要もありません。
まずはノートでもスマートフォンのメモでも構いませんので、自分の感じたことを正直に書いてみることから始めてみてください。
『ほんとうのことを書く練習』は、文章を書く人だけでなく、自分自身をもっと深く知りたい人にもおすすめできる一冊です。
もし最近、「自分が本当は何を考えているのかわからない」と感じることがあるなら、この本はきっと新しい気づきを与えてくれるでしょう。そして読み終えたときには、誰かのためではなく、自分自身のために言葉を書いてみたくなるはずです。


