【現代病】今日における人間の営みのキーワードは「ながら」だ【エッセイ】

エッセイ

 このご時世においてスマートフォンを所持していない社会人は化石レベルで存在していないだろう。スマホ一台あればなんでもできると言っても過言ではない。電話やメールはもちろんのこと、音楽が聴けて動画が見れて、料金の支払いができて株も購入できて・・・・・。これまで固定電話やパソコンで行なっていた作業が、今では誰もが手のひらでこなすことができる。これぞ人間の叡智の結晶。サンキュージョブズ。

 技術の進歩に反比例するかのように、人間の営みの質は低下しているように思えてならない。なぜなら、いつでもどこでもスマホを片手に生を享受しているのだから。

 一人で食事していればスマホを食卓に横置きして動画を見ている。トイレの中でもお風呂でも、電車内でも、リビングでテレビを前にしていても。スマホによる日常の支配が完成しているではないか。そしてどの場面でも共通しているのは、動画を見るためにスマホを使用していることだ。食事中にネット記事やメールに目を通すよりも、自動的に情報や娯楽を与えてくれる動画の方が効率はいいから当然と言えば当然だ。ある意味、動画に支配されていると言い換えても差し支えない。逆に言えば、多くの一般人が様々なエンタメを提供できていることの証明ではあるから、全てを悪と捉えることはできない。

 スマホの中の娯楽に囚われている我々は、果たして目の前の生に集中できているのだろうか?

 料理は味わえている? 湯船に浸かり全身の血流の改善は感じられている? 真に歩く行為を行えている? 問いを出せば出すほどNOと言ってしまうかもしれない。

 今一度、自分の行動を見つめ直す時だ。目の前の人生と愛する人を取り戻すために。

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