ショーペンハウアーの幸福論とは?『求めない練習』から学ぶ、欲望に苦しまない生き方
哲学・思想
2026.08.08
幸福になるために、私たちは何を求めればいいのでしょうか?
私たちは、知らず知らずのうちに「何かを手に入れること」と「幸福」を結びつけながら生きています。欲しいものがあれば手に入れようと努力する。目標を達成すれば、次の目標を探す。周囲の人が自分より良い暮らしをしていれば、「自分ももっと頑張らなければ」と焦る。
努力して何かを手に入れること自体が悪いわけではありません。本来、欲しいものを手に入れるためには相応の努力が必要で、努力の成果が欲しいものを手に入れたことでもあるのですから。しかし、どれだけ欲しいものを手に入れても、なぜか心が満たされない。一つの目標を達成したと思ったら、すぐに別のものが欲しくなる。そんな経験をしたことはないでしょうか。
今回ご紹介するのは、そんな「幸福とは何なのか」という問いについて考えさせてくれる一冊です。韓国の作家・カン・ヨンスさんによる『絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論 求めない練習』(ダイヤモンド社)です。
本書では、19世紀ドイツの哲学者ショーペンハウアーが残した思想をもとに、私たちが幸福になるためにはどうすればいいのかを考えていきます。ショーペンハウアーの幸福論は、「もっと求めること」ではなく、「求めないこと」に幸福へのヒントがあるのではないかという、これまでとは少し違った方向から幸福を考えるきっかけを与えてくれます。
本当に、私たちは何かを「求め続ける」ことで幸せになれるのでしょうか。
🕯️ この本はこんな人におすすめ 🕯️
✔
他人と自分を比較して、落ち込んでしまう方
✔
SNSを見て、自分の人生が物足りなく感じる方
✔
幸福とは何なのかを改めて考えてみたい方
✔
人生をもっと楽に生きる方法を考えている方
ショーペンハウアーとはどんな人?|生涯・思想・幸福論をわかりやすく解説
絶望の哲学者・ショーペンハウアーとは?
アルトゥール・ショーペンハウアー(1788〜1860)は、ゲッティンゲン大学で一学期だけ医学を学び、1810年に進路を変え、プラトンやカントの哲学を研究し、さらに西洋哲学のみならず、インドなどの東洋哲学の影響を受けながら、独自の哲学を形成していきました。代表作として知られるのが、1819年に刊行された『意志と表象としての世界』です。当初はそれほど注目されませんでしたが、彼が40代半ばから徐々に実力が認められていきました。
アリストテレスの幸福論を土台に、自身の考えを再構成し、エッセイ集『余録と補遺』が彼の名を世界に知らしめました。彼の幸福の技術は、「よく死ぬため」ではなく、「よく生きるため」の知恵を授けてくれることにあり、そのような考えが多くの人に共感を与えました。
アルトゥル・ショーペンハウアー(引用:Wikipedia)
『求めない練習』を読み解くためには、まずその思想の源流となったショーペンハウアーについて知っておく必要があります。
ショーペンハウアーの生い立ちと経歴
ショーペンハウアーは裕福な商人の家庭に生まれました。幼少期からヨーロッパ各地を旅行し、さまざまな文化や社会に触れています。父親の死後、ゲッティンゲン大学で自然科学や歴史を学び、その後、哲学へと研究の中心を移していきました。
哲学を学ぶ中で大きな影響を受けたのが、上述したようにプラトンとカントです。
プラトン
プラトンの石像 引用:Wikipedia
プラトンは古代ギリシャの哲学者でかのアリストテレスの師にあたります。プラトンの有名な考え方が「イデア論」です。
イデア論とは、簡単にいうと、私たちが目で見ている現実の世界とは別に、完全で普遍的な「本当の世界」が存在して、現実はそれを模倣しているという考え方です。たとえば、世の中にはたくさんの「美しいもの」があります。しかし、それらはどれも完全な美そのものではありません。
プラトンは、現実に存在する美しいものの背後に、「美そのもの」という完全な存在があると考えました。
イヌマエル・カント
イマヌエル・カントは、1724年〜1804年に生きたドイツの哲学者です。近代哲学を代表する人物で、「哲学史上でも特に重要な哲学者の一人」とされています。
カントの哲学は、人間の理性の限界と働きを徹底的に吟味する「批判哲学」が特徴的です。
たとえば、私たちは目で物を見て、耳で音を聞き、時間や空間の中で物事を認識しています。しかし、それは「世界そのもの」を直接見ているわけではなく、人間の認識の仕組みを通して世界を捉えているのだ、とカントは考えました。つまり、目に映っているものは本当に正しい姿なのではない、ということを説いています。
イヌマエル・カントの肖像画 引用:Wikipedia
多くの哲学者から影響を受けたショーペンハウアー
さらに西洋哲学だけではなく、インド思想にも関心を持っていました。こうした複数の思想を吸収しながら、ショーペンハウアーは「人間はなぜ苦しむのか」という問題を突き詰めていきます。そして1819年、代表作となる『意志と表象としての世界』を発表しました。
しかし、当初から大きな評価を得たわけではありません。当時のドイツでは、ヘーゲル哲学が大きな影響力を持っていました。ショーペンハウアーはベルリン大学で講師を務めましたが、人気絶頂だったヘーゲルと同じ時間帯に講義を設定するなど、かなり挑戦的な行動を取ったともされています。その後、大学を離れて在野の哲学者として活動することになります。
そんな彼の思想が広く注目されるようになったのは晩年でした。1851年に出版した『余録と補遺』がベストセラーとなり、そこから彼の思想全体にも関心が集まるようになります。
つまりショーペンハウアーは、若い頃から誰もが認める哲学者だったわけではなく、長い時間をかけて評価された人物なのです。

比企ちゃん
40代になってから世間から認められたショーペンハウアーですが、彼もまた多くの哲学者の影響を受けて、自身の哲学を確立させていったのですね。
ショーペンハウアーの幸福論とは?
幸福とは「何かを手に入れること」ではない
ショーペンハウアーの考え方を簡単に表現するならこうです。
「幸福を増やそうとするより、苦しみを減らすことを考えたほうがいい」
私たちは「もっと幸せになりたい」と考えます。もっとお金が欲しい。もっと良い暮らしがしたい。もっと評価されたい。もっと楽しい経験をしたい。
しかし、仮に現状よりも何かを手に入れたとしても幸せだと感じる瞬間は一時的なもので、しばらくするとまたもっと欲しいと考えてしまうのです。何故なら、求めるものを手に入れてもいつしかその状況に慣れてしまい新たな欲望が生まれてしまうからです。このように、欲望には次の欲望が待っています。
だからこそ、幸福を「何かを手に入れること」だけに求めると、いつまで経っても満足できません。
欲望を自覚しなければ、苦痛はいつまでも続くことだろう(p43)
「足るを知る」という考え方
では、欲しいものを手に入れずにいた方が幸せとなるのでしょうか。そうではありません。ショーペンハウアーはこのように述べています。
人間の幸福を妨げる二つの敵は、苦痛と退屈である。人生とは、この二つの間を行き来するものだと言える。外面的には困窮と欠乏が苦痛を生む一方、安全と過剰は退屈を生む。そのため、下層階級の人々は困窮による苦痛と絶えず闘う反面、冨貴な世界に暮らす人々は退屈を相手に戦いを繰り広げるのだ(p45)
自分が幸せであるかというのは、結局のところ当事者の感情によって決まる。自分が幸せだと思えば幸福だし、不幸だと思えばそうなのであります。欲しいものがあればあったでうんざりするし、なければないで不平不満を垂れます。ビュッフェを例に出すと、品数が少ないと物足りなく感じますし、多すぎると必要以上に手に取ってしまう。量が少なければ空腹は収まらないし、品数が多いあまり食べすぎても苦しいだけ。つまり、足りないことは苦痛であり、満ちすぎていることは退屈なのです。
ではどのような考えをもてば良いのか。ショーペンハウアーはあるがままを認めると良いと説いています。つまり、「今あるもの」に目を向けてそれを認めることです。
SNSなどで他人の煌びやかな生活を見て、自分は何ももっていないと思ってしまったことがあるでしょう。しかし、SNSの発信者は人生が充実した写真を載せていても完璧には満足していないかもしれません。その人もきっと他の人のSNSを見て同じように感じているはずです。
中国の思想家・老子の言葉で「足るを知る」というものがあります。今持っているものに満足し、それ以上を求めないこと。まさにショーペンハウアーの思想と全く同じ言葉なのです。今もっているもので生活できている。生活に足りないものが出てきたらその分だけ買い足せばいい。それ以上を求めようとするとその欲望に歯止めが効かなくなります。
今もっているものだけで幸せではないでしょうか? そう考えてみるだけでも、幸福に対する見方は少し変わるのではないでしょうか。SNSや通信販売などが発達し、物でも承認欲求でも気軽に手に入る時代だからこそ、ショーペンハウアーの哲学が必要となるのです。

比企ちゃん
自分もなくても生きていけるのについアマゾンで買い物している時がありました! 欠乏と過剰、心がどちらに傾くことなくバランスの取れた精神状態を目指すことが、ショーペンハウアーの哲学の一つなのかもしれませんね。
人が幸せになるためには?|「求めない」ことで見えてくる幸福
ショーペンハウアーの幸福論は現代社会にも通じる
ここまで読むと、ショーペンハウアーの思想がなぜ現代に必要なのかが見えてきます。現代は、欲望を刺激する情報であふれています。その理由は、簡単に言えば情報社会の発展です。
上にも書いたように、SNSを開けば誰かの素晴らしい(であろう)人生の一片を見ることになります。海外旅行、豪華な食事、購入した商品、仕事での成功など。そして、SNSには必ずと言っていいほど広告が存在します。それを見れば「今よりもっと良い生活」を勧められます。
インターネットで他人と簡単に比較できるようになったことで、以前なら知らなかった他人の生活まで見えるようになりました。そして、自分の生活をより豊かにしようと広告やプロモーションを見せられて、さらなる欲望を生み出そうとする。インターネットは、常に人の欲望を掻き立てるようにできているようです。
そんな時代だからこそ、「本当にそれを求める必要があるのか?」と立ち止まるショーペンハウアーの思想が意味を持つのです。
欲望をなくすのではなく、欲望との付き合い方を変える
では、欲望そのものをなくすことはできるのでしょうか。おそらく、完全になくすことは難しいでしょう。「欲しい」と思う気持ちは、人間にとって自然なものだからです。問題なのは、欲望があることではありません。欲望に人生を振り回されてしまうことです。
たとえば、「新しい車が欲しい」と思ったとします。そのとき「どうして自分はこの車が欲しいのだろう?」と考えてみる。単純に車が好きだからなのか。今の車が古くなったからなのか。それとも、周りから「すごい」と思われたいからなのか。もし後者だったとしたら、その欲望を満たすために大きなお金を使う必要が本当にあるのか、一度考えることができます。
つまり、「欲しい」という感情をそのまま行動に移すのではなく、一度立ち止まって、その欲望の正体を考えてみる。これが「求めない練習」の一つであると考えます。
幸福とは「増やすこと」ではなく「気づくこと」
私たちは幸福を「これから手に入れるもの」だと考えがちです。お金、豊かな生活、多様な人脈などなど。
しかし、ショーペンハウアーの思想から考えると、幸福は必ずしも「何かを増やすこと」だけではありません。すでに自分が持っているものに気づくことも、幸福につながるのです。今ある生活。今いる人たち。今使える時間。今できること。それらを「当たり前」として見過ごさず、その価値を認識する。そうすれば、不要に何かを求めることも減っていくことでしょう。
身の丈にあった幸せというのも存在すると思います。例えば、年収以上に金額の高い高級車を手に入れたとします。購入した時は幸福に満ちるかもしれませんが、その後の維持費は決して安くありません。もっと安い車の方が本体価格も維持費も抑えることができます。自分の力以上のものを手に入れたとしても、それを持ち続けることは結構難しいものです。
だから、自分の身の丈を知り、実現可能な幸福を目指すべきなのだと思います。欲望をコントロールすることは人生をコントロールすること。欲望に振り回されず、自分の人生を生きることを改めて意識することが必要です。

比企ちゃん
幸せの形は人それぞれ。自分に最も相応しい幸福を知ることで、人生の進むべき道も知ることができると思っています。この本を読んで、自分の気持ちを見つめ直すことができました!
⑤まとめ|幸福になるために「求めすぎない」という生き方
何かを手に入れることで幸福を感じることはあります。しかし、それが永遠に続くわけではありません。一つの欲望が満たされれば、また新しい欲望が生まれる。そして「もっと欲しい」という気持ちに追い立てられているうちに、今すでに持っているものの価値を忘れてしまう。
だからこそ、本書が教えてくれる幸福への考え方は、「何を手に入れるか」ではなく、「何を求めすぎないか」という視点なのだと思います。
もちろん、目標を持つことは悪いことではありません。夢に向かって努力することも大切です。ただ、「今は幸せではない。何かを手に入れたときに初めて幸せになれる」と考えてしまうことには注意が必要です。
今の生活の中にも、小さな幸福は存在しています。美味しいものを食べたとき。好きな音楽を聴いたとき。本を読んで心が動いたとき。誰かと何気ない会話をしたとき。静かな時間を一人で過ごしたとき。こうしたものは、わざわざ大きな成功を手に入れなくても感じられる幸福です。「もっと何かを手に入れなければ」と考える前に、今の自分がすでに持っているものに目を向けてみる。
それだけでも、幸福に対する考え方は変わっていくのではないでしょうか?
本書は、この記事で紹介しきれなかった内容がまだまだ多く書かれています! ぜひみなさん自身の手に取って、より詳しくショーペンハウアーの幸福論が理解できることでしょう!